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ホーム > 「日本連合警備株式会社」代表取締役社長 保坂精治氏インタビュー





日本連合警備株式会社。元々は、国を守っていた自衛隊員らが中心になり、警備会社を起こした。これが全国的に拡散して今に至るが、その渦中にあり、古くから山梨の企業や人々を守ってきた民間企業が、この日本連合警備株式会社である。創業時は、山梨県初の警備会社として、メディアで大きく注目された――

暗中模索で、白雪に足跡を付ける様な気持ちで進みました

創業に至るまでの経緯

1969(昭和44)年春、元自衛隊員の友人から勧誘を受け、出資者・資本金集めからスタート、同年8月創業。当時、警備という業種の浸透はなく、仕事内容は不明であり、商売として成り立つものか不安でした。警備員を派遣する仕事から始め、少しずつユーザーの理解も得られる様になりました。昭和48年開発された機械警備の導入を開始。仕事の面白さに魅せられ、惚れ込みました。前社長から、現場社長に相応しいと任命され、2代目社長に就任。このシステム警備体制を整えました。暗中模索で、白雪に足跡を付ける様な気持ちで進みました。機材は非常に高額で、一件のユーザーを取るのには、当時百万円位の投資が必要でした。大変な投資が始まり、今日まで続いています。契約は現在、山梨県内一円に約6,000件になりました。企業が約80%、店舗・学校・市町村・流通団地・工業団地などが多いです。

経営理念

『質実剛健を旨とし、謙虚さを忘れず、人に親切にあたること』。またその理念を持ち続けることを大切にしています。よく「お天道様は見ているよ」という言葉を使いますが、正しい道を歩きなさい、という事です。

質実剛健を旨とし、謙虚さを忘れず、人に親切にあたること

これまでの取り組み

ユーザーの増加です。山梨県なら一円に、小淵沢〜上野原、南は南部町まで網羅しています。地域毎の待機場(異常時いつでも、ガードマンが大体10分位で現場急行できる様に待機する場所(警備業法では25分の規定))へ人材配備しますから、全県内に警備可能な体制を網羅する事は、ある程度数がないとできません。いかに早く現場に到着できるか、を基本にしています。

印象に残った出来事

昭和60年、熱意が伝わり国母工業団地の松下電器のロボット工場の警備を受託できたこと。松下電器は飛び込み業者と業務締結する事はまず無く、これは非常に稀な事だったそう。自分の歩いてきたその苦労の道が役に立ったという思いがしました。我々が歩いて来た道には、全て得があり、損はない。我々は生涯、その道全てが勉強になると思います。若い頃は、80歳まで苦労するとは思いませんでしたが、人生というのは一生苦労の連続なんだと思います。徳川家康の家訓に『人の一生は重き荷を負って遠き道を行くが如し、急ぐべからず。』とありますが、過ぎてみれば、同感です。

確固たる信念、力強さ。それと、お客様に「安心感」を与えきちんとした対応ができる人間性

警備員の教育とその資質

教育内容や時間は、警備業法で採用時・また年間で決められた日数等が定められています。資質は、犯罪経験が無いこと、確固たる信念を持っていること、力強さがあること。お客様は警備員に安心さを求めます。服装・態度と共にきちんとした対応でお客様に安心感を与える事ができる人間性を身に付けてもらいたいと思います。

山梨のこれから。展望

将来に向けリニアも走りますし、明るい見通しもあると思います。東京まで30〜40分で行けるとなれば随分変わると思います。5〜6年後、中部横断道が完成すれば経済的メリットもありますし。山梨が変わることを願っています。

皆さんが安心して生活できる様な治安の一役を担っている企業である

地域社会への貢献

皆さんが安心して生活できる様な治安の一役を担っている企業であると自負しています。皆さんができるだけ簡単にホームセキュリティを実現できるシステムを構築中です。家毎に最適なプランを提案申し上げます。安心への一環として、ぜひホームセキュリティをご活用下さい。家屋の定年化も要因の一つと思いますので、家屋を安く提供する事も拡販に繋がるのではないかと思います。我々は地場の企業としてのプライドを持ち運営しています。

ゴルフ経験

40年近くですが、あまりうまくはありません(笑)。上達したいという想いからゴルフ練習場を作りましたが、お客様と一緒には打てないものですね。一番いい事例は『朝霧ジャンボリーの社長が自分のゴルフ場へ、ヘリコプターで来て、草取りをして帰る』こと。我々も練習場で草を取ったり、ボールを拾ったりはしますが、殆ど打ちません。経営者の信条ではないでしょうか。

読者へのメッセージ

プレー費の低廉化によって、若者にもゴルフが身近な存在になったと思います。私の孫もゴルフを始めました。時期世代の方はどんどん通って、上手になってもらいたいと思います。


保坂精治氏
昭和6年5月:山梨県鰍沢町に生誕する
昭和26年3月:山梨県立甲府工業高等学校 機械科 卒業
昭和44年9月:日本連合警備株式会社 設立 常務取締役就任
昭和48年3月:同社 代表取締役就任 現在に至る
昭和51年5月:第一リース株式会社 設立 代表取締役就任
昭和60年5月:株式会社甲府興産 取締役会長に就任
昭和62年8月:株式会社センティス廿一 設立 取締役会長に就任
平成12年4月:社会福祉法人かじかの会(あさひ鰍桜苑) 設立、理事長に就任
 現在に至る
日本連合警備株式会社
1969(昭和44)年春、創業。山梨県下初の警備会社として発足。1973年(昭和48)年、保坂精治氏が二代目社長に就任。開発されたばかりの機会警備を取り入れ、社を大きく発展させた。以降、日本連合警備株式会社ばかりに留まらず、周囲の意見を採り入れつつ新規企業も立ち上げ続ける。保坂社長は年齢を感じさせず、留まるところを知らない。


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